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更新日:2017年8月27日

もう一つの殿様の展示(飯島章)

埋蔵文化財センターでは、10月1日(日曜日)まで第42回企画展「取手のお殿様-取手を治めた旗本たち-」を開催しています。
ところで、近隣でも殿様をテーマにした企画展が開催されています。
それは、龍ケ崎市歴史民俗資料館で10月15日(日曜日)まで開催の企画展「名主、殿様のために三河へ旅をする-旗本村上主膳(しゅぜん)と豊田村名主山崎十左衛門(じゅうざえもん)-」です。
旗本村上主膳は、現在は龍ケ崎市になっている下総国相馬郡豊田村を領地としていました。
この旗本村上主膳の借財返済のため、豊田村の名主山崎十左衛門は、三河国(愛知県豊川市)にあった同じ村上主膳の領地の村を訪ねています。江戸を出発してまた江戸にもどるまで、実に29泊30日の旅でした。
企画展では、名主山崎十左衛門の旅を中心に紹介しています。
下の写真は、龍ケ崎市歴史民俗資料館の建物の外観です。

下の写真は、建物の入り口です。

写真では見えずらいですが、正面左寄りにポスターが貼ってあります。
館内では写真撮影はできませんので、ご紹介できるのはここまでです。
企画展については、龍ケ崎市歴史民俗資料館のホームページ(外部リンク)(別ウィンドウで開きます)をご覧ください。
敷地の入り口には、下の写真のような企画展開催の案内板が建っています。

この村上主膳ですが、今は取手市内の下高井村にも領地を持っていました。
残念ながら、取手には史料が残っていませんでした。
殿様の借財返済のため、はるばる三河国までおもむく山崎十左衛門の心の内は、どのようなものだったでしょうか。
しかし行きはともかく、帰りの道中では寺社にお参りしたり、箱根では温泉に入ったりして、それなりに楽しんだようです。

そこで今回のおまけは、山崎十左衛門もお参りした豊川稲荷の御朱印です。

下は、東海百観音の第百番札所の千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)の御朱印です。
京都の伏見稲荷や茨城の笠間稲荷は神社ですが、豊川稲荷は妙厳寺(みょうごんじ)というお寺になります。

次の写真は、東海三十六不動の第十七番札所の御朱印です。

最後、下の写真は長寿薬師如来(ちょうじゅやくしにょらい)様の御朱印です。

取手市埋蔵文化財センターの企画展ともども、龍ケ崎市歴史民俗資料館の企画展にも、ぜひ足をお運びください。
埋蔵文化財センターの企画展については、このページ右上の7月24日、8月1日・9日・15日(上から四つ)の月・木・SAYをご参照ください。

 

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