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更新日:2017年3月23日

【市長コラム】東山魁夷(ひがしやまかいい)唐招提寺御影堂(みえいどう)障壁画展について

市報「広報とりで」2017年3月15日号に掲載した市長コラムです。

本年4月2日までの会期で茨城県近代美術館において戦後を代表する日本画家東山魁夷(ひがしやまかいい)による「唐招提寺御影堂(みえいどう)障壁画展」が開催されています。私も先日同障壁画展を鑑賞してきました。障壁画68面のスケールの大きさ、迫力に圧倒され言葉が出ませんでした。命を削る精進をもって10年間もの崇高な使命にいそしんだ画伯の思いはどのようなものだったのかと考えさせられました。

私は東山画伯の描く山、森、木々の重層感、清澄さに惹(ひ)かれ、これまで二度、長野県信濃美術館東山魁夷(ひがしやまかいい)館を訪れています。が、今回の展覧会でまず目に入って来た「濤声(とうせい)」における海の圧倒的存在感にたじろがざるを得ませんでした。大海原の叫びを伝えるうねりもあれば磯から陸へと緩やかに寄せる波打ち際の柔和な波の相までが描かれています。見る者が立つ場所で聞こえてくる音が全く異なるようです。空間の広がりの中に決して平坦ではなかった労苦の時間が描かれているようにも思えます。

井上靖著の歴史小説「天平の甍(てんぴょうの・いらか)」によれば、第九次遣唐使として派遣された留学僧の栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)に対し元興寺(がんごうじ)の僧隆尊(りゅうそん)は日本の仏教の乱れを治めるべく正式の受戒の制度を整えるため唐から優れた伝戒の師を招くよう命じます。二人は留学開始後9年を経て揚州の大明寺(だいめいじ)で鑑真(がんじん)と出会い授戒僧として日本へ渡る承諾を得ますが、出国は困難を極め密告や悪天候による難破等で5度目まで出国の企ては全て失敗し栄叡(ようえい)は客死し鑑真も視力を失ってしまいます。第十次遣唐使の副使の帰国船にかくまわれる形で実際に出国できるまで最初の企てから9年間の歳月を要したのです。

さて、障壁画は昭和50年に完成した日本の自然美を描いている「濤声(とうせい)」、「山雲」と昭和55年に完成した水墨画による「揚州薫風(ようしゅうくんぷう)」、「桂林月宵(けいりんげっしょう)」、「黄山暁雲(こうざんぎょううん)」からなります。

仏法の興隆という大義のため身命を顧みず海の彼方(かなた)の日本に身を投じた高僧への尊敬、もたらされた高邁(こうまい)な精神文化への感謝を画伯が美しい日本の自然美と鑑真(がんじん)和尚を育んだ揚州をはじめとする中国の自然美として凝集した最高傑作であると思います。

この素晴らしい企画展は、東山魁夷(ひがしやまかいい)画伯の研究では第一人者である尾崎正明茨城県近代美術館館長のご尽力により実現しました。通常非公開となっている障壁画の全貌を身近に鑑賞できるまたとない機会です。ぜひともご観覧をお薦めしたいと存じます。

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