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更新日:2021年2月5日

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ゆく年くる年、今年は丑年(その3)宮和田の天満神社(飯島章)

宮和田の天満神社

今年、令和3年(2021)は丑年です。
丑は天神様こと菅原道真(すがわらのみちざね)にゆかりが深いので、これまで天神様ネタを2回ほどささやきました。
市内には、宮和田地区に菅原道真をご祭神とする天満神社があります。
場所は、下の地図をご参照ください。
天満神社の境内にも、井野天満神社のように撫で牛(なでうし)か牛の絵馬がないか訪ねてみました。
宮和田の天満神社の鳥居
鳥居をくぐって参拝します。鳥居の額には「天満宮」と書かれています。
境内には撫で牛や牛の絵馬は見当たりませんでした。
鳥居と社殿の間には、松の木が植えられています。下の写真になります。
宮和田の天満神社
道真と言えば、牛とともに梅が有名です。
道真が詠んだ「東風(こち)吹かば にほひ(匂い)をこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」の和歌がよく知られています。
この和歌は、初出の「拾遺和歌集」(しゅういわかしゅう)では、最後が「春を忘るな」となっています。時を経る中で、いつしか「春な忘れそ」になったようです。
また道真が左遷されて九州大宰府(だざいふ)に配流された時、京の道真の屋敷に植えてあった梅の木が、大宰府まで飛んでいったとの伝説があります(飛梅の伝説)。

菅原道真と松

これも伝説ですが、道真の屋敷には、梅だけでなく桜と松も植えられていたそうです。
桜は、道真と別れることを悲しみ枯れてしまい、松は梅と同じく道真を追って大宰府目指して飛び立ちます。しかし、途中で力尽きて落ちてしまいました。

道真の左遷事件を題材にした人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)や歌舞伎(かぶき)の演目が、「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ)です。
ここには、梅王丸・松王丸・桜丸の三つ子の兄弟が出てきます。
この兄弟は、道真の領地であった佐太村の出身で、梅王丸は道真に仕え、松王丸は道真の政敵である藤原時平(実在の人物は「ふじわらのときひら」ですが、お芝居では「ふじわらのしへい」と呼びます)に仕え、桜丸は斉世親王(ときよしんのう、醍醐天皇の弟)に仕えていました。
三兄弟の名前の梅・松・桜は、道真の屋敷に植えられ、道真がこよなく愛した三本の木に由来しています。
松も、菅原道真にゆかりの深い木だったのです。

最後にお詫び

今回は牛の話に結び付けられませんでしたこと、深くお詫び申し上げます。
それにもかかわらず、最後までお読みいただきありがとうございました。

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