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更新日:2021年4月10日

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市制施行50周年記念、で10月1日は都民の日(飯島章)

取手市は昭和45年(1970)10月1日に市となりました。
昨年10月1日が、市制施行50周年になります。
新型コロナウイルスの感染拡大のため、当初計画されていた記念式典はじめ行事・イベントの多くが今年度に延期となっています。

詳しくは、「取手市制施行50周年」のページをご覧ください。

新型コロナウイルス感染症については、市ホームページのトップページ及び「新型コロナウイルス感染症に関する情報」をご覧ください。

10月1日は都民の日

取手が市となった10月1日は、都民の日でもあります。
明治22年(1889)5月1日に東京市が置かれましたが、東京市長は置かれず、東京府がその職務を執り行いました。すなわち、東京市がありながら市長始め市の職員は一人もおらず、市役所もなかったのです。
明治31年10月1日、初めて東京市長が置かれ、ここに名実ともに東京市が誕生しました。
この日を記念して昭和27年(1952)に都民の日が制定されたのです。

下の写真は、昭和36年のはとバス東京遊覧乗車記念の絵はがきのタトウ(包み紙)です。
はとバス乗車記念絵はがきタトウ
東京観光の定番中の定番、皇居前広場です。下寄り、交差点の中にはとバスが2台写っています。
タトウの中には、3枚の絵はがきとともに下のような紙が入っています。
昭和37年の都民の日記念タトウ
昭和36年10月1日の都民の日に、はとバスに乗車したことが分かります。
ただし当時の記憶はまったくありません。
絵はがきの1枚目は、やはり東京観光の定番、浅草の浅草寺雷門です。
浅草浅草寺の雷門
次は数寄屋橋(すきやばし)の夜景です。
数寄屋橋の夜景
左端に東京タワーが写っています。
右側のビルの壁面には、「Shochiku」(松竹)、「Piccadilly」(ピカデリー)の赤いネオンが灯っています。
当時の丸の内松竹と丸の内ピカデリー、現在の有楽町センタービルになります。
中央の高架道路は、東京にある首都高速道路以外のもう一つの高速道路、東京高速道路です。
昭和37年の首都高速の京橋・芝浦間の開業に先立ち、昭和34年に一方通行ながら部分開業し、日本の高速道路時代の魁(さきがけ)となった民間会社が運営する高速道路です。
写真を見ると、左側車線はまだ工事中で車が走っていないのが見て取れる貴重な光景になっています。
3枚目も東京観光の定番、東京国際空港(羽田空港)です。
東京国際空港(羽田空港)
今ではほとんどお目にかかれない四発のプロペラ旅客機です。
左の主翼にはJALの文字が、垂直尾翼には日の丸が描かれた日本航空の旅客機です。
アメリカはダグラス社製のダグラスDC-6かと思いますが、飛行機には詳しくないので機種には自信ありません。
詳しいかたがいれば、ぜひご教示ください。

お詫び

今回も取手とはほとんど関係のないささやきになってしまいましたが、最後までお読みいただいまして誠にありがとうございます。
「もはや戦後ではない」と書かれたのが昭和31年度版の『経済白書』、敗戦の混乱から出発した日本は、ここに戦前の経済水準を回復し、時代は高度経済成長へと進んでいきます。
取手も市制施行への道を歩み始めた昭和30年代後半の雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。

 

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