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更新日:2022年4月22日

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取手の火の見やぐら(その3)(飯島章)

かつてはどこででも見られた火の見やぐら、大げさに言えば郷愁をさそう「日本の原風景」の一つのようなものでしたが、最近ではめっきりと数を減らしています。
老朽化による撤去、そして撤去後に新しい火の見やぐらが立てられることもなく、火の見やぐらはいつしか忘却の彼方(かなた)へと消え去る運命なのでしょうか。
今回は、そのような鬼籍(きせき)に入った火の見やぐらを紹介します。

場所は勤務地の埋蔵文化財センターのすぐ近く、吉田地区の集会場の敷地です。
詳しくは、下の地図をご参照ください。

下が、平成6年(1994)頃に撮影した火の見やぐらの写真です。
吉田集会場敷地の火の見やぐらの全景01
見張台のところをズームした写真が、下になります。
かつて吉田集会所敷地にあった火の見やぐら
柱は4本、見張台は四角形、ただしはしごのところが切り込んでいるので、厳密にいえば八角形になるのかもしれません。
見張台の中央部に半鐘がつるされ、四角形の小さな屋根がつけられています。
下は、反対向きから撮影した写真になります。空模様が違うので、別の日に改めて撮影したと考えられます。
吉田集会場敷地の火の見やぐらの全景02
左側の建物が、消防団の車庫になります。
見張台を同じ方向からズームした写真が、下になります。
吉田集会所敷地の火の見やぐらの見張台
見張台の手すりから外側に向かってトゲトゲのようなものが出ていますが、これは何でしょうか。
飾りなのか、実用性のある部材なのか、筆者にはわかりません。
最後は現況の写真です。
現在の吉田地区集会所
消防団の車庫や公衆電話はかわりありませんが、火の見やぐらはすでにありません。
車庫の後ろにある防災倉庫の辺りが、火の見やぐらが立っていた場所でしょうか。
また現在は防災無線のスピーカーが立っています。
下は、もう少し寄って撮影した写真です。
吉田地区集会場敷地内の防災無線スピーカー
埋蔵文化財センターの建設が始まったのは平成9年、開館は平成11年9月です。
平成6年頃には、この場所のすぐ隣にセンターが建設され、やがて自分がここに異動するとは思いもよりませんでした。
平成11年の埋蔵文化財センターの開館からしばらくは火の見やぐらは確かに立っていました。
火の見やぐらがいつ撤去されたのか、毎日隣で見ていたはずなのに今となっては記憶がありません。
振り返ればまさに今は昔の物語、ただ春の夜の夢の如しです。

 

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