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更新日:2021年8月30日

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【市長コラム】企画展「大正時代の取手」について

市報「広報とりで」2019年9月15日号に掲載した市長コラムです。

9月23日まで取手市埋蔵文化財センターにおいて、第46回企画展「大正時代の取手」が開催されています。

展示で最初に目に入ってきたのは、茨城県北相馬郡の「郡是(ぐんぜ)」と、同じく高井村の「村是(そんぜ)」です。日露戦争終結後、人的損失や巨額の戦費負担から国として経済活動が低迷していたなか、県、郡、町村といった地方レベルで財政や産業や教育を立て直すべく地方改良運動が提唱され、各地で「郡是」「村是」が定められたようです。

北相馬郡の郡是を読んでみると農業や工業をはじめ、産業振興に重点が充てられています。10年後の算出目標額まで設定されているとともに、なぜそこを目指すのかが理由として明示され、今日の総合計画に近い位置付けで作成されたことが分かります。一方、高井村是は人口、世帯数、土地利用、産物の種別生産額、金融、公課(税)など民力・産業を中心とした統計に力が注がれ、最後に改良意見が添えられています。

さて、郡是といえば繊維の老舗メーカーと同じ響きですねと学芸員さんに話したら、この社名は地方産業振興のため全国を遊説した元農商務省次官・前田正名(まさな)の演説に感銘を受けたグンゼ創始者・波多野鶴吉が、京都府何鹿(いかるが)郡発展のために養蚕を奨励することが郡の急務と考え、社名に「郡是」を採用したことを教えていただきました。

もう一つ圧巻の展示は、大利根橋開通に関わる諸資料です。明治29年に現在の常磐線の利根川橋梁が架けられましたが、道路には橋が架けられず、人や荷物、さらには自動車まで船によって利根川を渡る不便な時代が続きました。大正7年に取手実業相互会会頭らが取手・我孫子間利根川架橋の嘆願書を茨城県知事に提出し、翌年には同様の町民による嘆願書が貴族院・衆議院各議長、陸軍・内務両大臣に提出され、昭和3年にようやく利根川架橋工事が竣工となりました。後世につながるインフラ整備のために奔走された先達の努力に、心から感謝を捧げたいと思います。

お問い合わせ

秘書課 

茨城県取手市寺田5139

電話番号:0297-74-2141(代表)

ファクス:0297-73-5995

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